総合建設業、鋼構造物工事業 - 新潟県上越市

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君が作っているモノの向こうにお客様の顔が見えるか?

30年近く前、私が建設業の世界に入った頃、当社に新入社員教育は無かった。国家、公的資格に対する教育・訓練等も無かった。すぐに現場に出て全然わからないけれど、毎日何かしらやっていた。
建築の専門知識経験は皆無である私の先生は大工であり、左官であった。会社にあった専門書を片手に「この道具の名前は?この作業の名前は?」と聞きながら身体で仕事を覚えていった。
仕事はたくさんあった。住宅系がメインで車庫、物置等も多かった。一人で10現場はこなしていただろう。こっちの現場を回しながらこっちではお客さんと方眼紙に『絵』を描いて間取りを考えたり、見積もりをしたり、契約をしたり、一人で色々なことをやっていた。さすがに頭は混乱してくる。ただ業者を次から次へと回すことが現場管理の仕事になっていた。
休みは日曜日だけ。祝祭日は出勤日があった。もう少し休みたいなとは思った。
高田の本町通りで『工事看板』を掲げるのが建設業者のステータスだった。車の通りのない、明け方3時頃から解体工事をしたことがある。星がきらめく中、別に深夜手当が払われるわけではない。別に欲しいとも思わなかった。ここで仕事をしていることに誇りを感じた。

設計部が描く図面といえば平面図、立面図、矩計り図だけ。基礎伏せ図は自分で平面図に色鉛筆で分かるようにして左官屋に渡した。屋根伏せ図は大工がベニヤ板にマジックで書いていた。今とは比較にならない枚数の少なさだ。初めて住宅新築工事を引き渡した時、お客さんの喜んでいる笑顔、「ありがとう」の一言。胸にジーンときた。「こんなに感動してくれるなんて。大変だったけれど、やってよかった」。心からそう思った。
初めて営業として工事を受注した時、いけないことだけれど、利益度外視で、請負金額全部使ってあげたいくらいに嬉しかった。あの頃の建築主体のサトウ産業には常にエンドユーザーとしてのお客さんがいた。お客さんがサトウ産業に仕事を発注してくれて初めて私達は生活できるのだ。
26、7歳の若造にどうすれば発注してくれるのか考える。現場でトラブればどうすれば解決できるか、お客さんにどう言って説明するか考える。考える機会、行動する機会、即ち人として成長する機会をお客さんは私に提供してくれた。サトウ産業に○○万円、△△億円を払って勉強もさせてくれているのだ。

先日、20歳のお祝いにHとTをサトウ産業で作った飲食店に連れて行った。店主はどういう扱いをしてくれたか他の人によく話して欲しい。いい酒をサービスで出してくれた。食べ切れない料理を出してくれた。帰り際には「サトウ産業の社員だと言ってくれればサービスしますよ」と言ってくれたではないか。
このお宅とは20年を超える付き合いだ。住宅、店舗4件、その他合わせて◎◎億円の仕事をさせて頂いた。サトウ産業が安いからとか、仕事がいいからだけではない。それを超えた人間関係、信頼関係があるから仕事をくれるのである。

先日、本社工場の皆さんは私に怒られましたね。みっともないから内容は書けません。ほんの一部の人間だけれど、情けないの一言に尽きる、本当に悲しくなる出来事でした。
何故私が怒るのか?長々と書いてきましたが、君達が作っている柱、梁、付帯物…。その向こう側には君達が作るモノを今か今かと楽しみに待っているお客さんがいるのです。それを絶対に忘れてはいけません。今の鉄工部の諸君はエンドユーザーと会う機会がなかなかありません。頭では想像できないかもしれません。だとしたら私を悲しませないためのモノづくりをして下さい。これからも君達の成長を願わずにはいられません。

投稿日|2015.10.16 社長ブログ