総合建設業、鋼構造物工事業 - 新潟県上越市

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人生 毎日がドラマです

今年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟』も佳境に入ってきました。織田信長、豊臣秀吉そして、徳川家康。歴史ドラマには欠かせない主役たちです。
今回は、豊臣秀吉の弟であり、常に兄秀吉の裏方役として、兄の天下統一に貢献した最大功労者秀長が主役のドラマです。
しかし、裏方の人を主役にとして扱うことは、難しいなと感じながら毎週見ています。100人いれば100通りの人生があります。やはり私は、光と影で言えば、良いも悪いも常に『光』が当てられた3人の人生と、今の自分を照らし合わせたいと思います。
織田信長は、若い頃から破天荒で、『大うつけ』と嘲笑され、父親の葬式では、位牌に線香の灰を投げつけたと言う逸話を記憶しています。
しかし、常に世界へ目を向けて、時代の先頭を走っていた印象があります。時代が彼についていけなかったという方が正確かもしれません。
次に、まさか自分が、天下を統一し、太閤殿下になるなんて夢想だにもしなかったであろう豊臣秀吉。きっての人たらしという印象です。
人に嫌われないところが彼のいちばんの武器だったのでしょう。晩年は、常軌を逸した行動が目立ちました。
自分の器を超えた『強欲』が晩節を汚してしまった感が拭えません。人の『欲』には際限がありません。
最後に徳川家康。幼少の頃から今川家、織田家の人質として過ごした体験が、彼の人間形成に大きく影響を与えたであろうことは、想像に難くありません。人間的な魅力で言えば、3人の中では、一番『無い』です。(あくまでもわたしの印象ですが…)
しかし、最後に戦さのない太平の世を作ったのは彼でした。
3人の性格は、ほととぎすに例えてこう評されます。
「鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす」と言った織田信長。「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ほととぎす」と言った豊臣秀吉。「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ほととぎす」と言った徳川家康。
太く短く、人生を駆け抜けた信長。どうすれば上手くやれるのかを考えた秀吉。堅忍持久、長く、勝てる期を待った家康。私が彼らと比べる事は、おこがましいにも程があります。
しかし、爪の垢ほどで良いから、共通する部分はないかと頭をひねると、どれも私の人生の中では、そのようなタイミングはありましたし、繰り返し、起こってきました。今もそうです。
『歴史は繰り返す』。『歴史を鑑に』とも言われます。言葉では分かっていても、実際に自分が経験して分かることがほとんどです。ですから、多くの失敗をします。何度も何度も。『失敗は、成功の元』と言いますが、成功しないことの方が多いです。
私は徳川家康のこんな言葉を思い出しました。『人生は 重き荷を背負いて 坂道を 行くが如し』。
齢60を超えた私が言うセリフかと言う声が聞こえてきそうですが、覚悟を持ってやる仲間がいるのならまた、それを許す環境であるのなら、まだやっていきたい気持ちはあります。人生100年時代ですから。
 

投稿日|2026.09.15 社長ブログ